こんにちは。小学生ママパパの力になりたい、たく先生です。
タイトルにもある「ありがとう」の反対語。
これは、僕が4月の学級開きのときに、必ず子どもたちに投げかける質問です。2年生でも理解できた内容です。(1年生は担任したことがないため、どうなのか…。)
その前に・・・。
人間が生まれてから死ぬまでの一生の中で、一番多く口にする「言葉」って何だろう。
それが、「ありがとう」です。
では、みなさんは、1日の中で何回この言葉を使いますか? ほとんどの人が、最低1日1回はありがとうを言うのではないでしょうか。家族、友達、恋人だけでなく、近所の人、コンビニの定員さん……様々なシチュエーションの中で、ありがとうは生まれます。
(私は、この言葉を使うことを常に意識しています。私の学級の児童が数えていたことがあるようで、その日は約50回もありがとうと言っていたようです。先生、50回もありがとうって言ってたけど、いいすぎじゃない?笑 と笑顔で教えてくれました。)
「ありがとう」の意味
ありがとうを漢字で書くと、「有難う」になります。その字のとおり、「有るということが難しい」という意味です。「有ることが難しいのに、そこに有る」ことへの感謝と捉えてもいいかもしれません。
では、そのありがとうの反対語とは、いったい何でしょう。
それこそ、「あたりまえ」です。
「ありがとう」を伝えることの大切さ
数十年前、数年前と比べ、社会が猛スピードで発展し、人々の生活はものすごい勢いで豊かになっています。そのせいか、身の回りのいろんなことが当たり前になっていると感じています。
「あたりまえ」だと思ってしまったその瞬間、「ありがとう」の気持ちは消えてしまいます。
朝起きてから、夜寝るまでに、「あたりまえ」だと思ってしまっていることがいくつあるでしょうか?
ここで一つ、例を紹介します。
ある日、友人とコンビニに買い物にいき、お釣りをもらいました。おつりは、お札と小銭に分かれていたので、店員さんは、先にお札とレシートを私に渡し、次に小銭を渡しました。僕は、2回とも「ありがとうございます」と言いました。僕たちが店を出る時、店員さんは、「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」と言いました。店を出た後、友人は私を見て、「お前なんで2回もありがとう言うんだよ。この店で買ってやったんだから、向こうがありがとうございますだろ。店員も言ってたじゃんか。」
食べ物がなく貧しかった時代、売る人>買う人であり、買う人がお願いして品物を買っていました。
そんな時代も今や、競争のせいか、売る人<買う人になってしまいました。
しかし、ここまで読んでくださった方ならわかると思います。売る方もありがとう、買う方もありがとうです。私はそんな社会を望みます。
学校でも同じです。本当は、ありがとうは、身の周りにあふれかえっています。
「ありがとう」が薄れてしまう?
考えてみれば、「ありがとう」は、1対1の関係で生まれるものだけではありません。友達が消しゴムを拾ってくれたらありがとう。これは分かりやすいですね。自分のために、相手がしてくれた。1対1の関係です。
では、以下のものはどうでしょうか。登校中に、ボランティアで子どもの安全を見守ってくれている人がいたら「ありがとう」。友達がノートを分けてくれて「ありがとう」。みんなのために電気をつけてくれて「ありがとう」。友達が、クラス遊びのために体育館を確保してくれて「ありがとう」。
人は、自分一人のためにやってくれていることになら簡単にありがとうの気持ちをもちます。
しかし、自分も含めた大人数に向けて何かしてくれたことには、「ありがとう」の気持ちが薄れてしまいます。
「あたりまえ」と「ありがとう」
「あたりまえ」だと思っていること、少し考え直してみませんか?
「ありがとう」が増え、「ありがとう」でいっぱいの社会を、子どもたちに見せていきたいですよね。
あとがき
多くの学校は、4月から始まり3月で終わります。その3月に、ある保護者が僕を訪ねてきてくれました。
先生が、「ありがとう」を大切に指導してくれて、いつも「ありがとう」を伝えてくれたから、今まで「ありがとう」なんて言わなかったうちの子が、毎日「ありがとう」を言うようになりました。ほんとうにありがとうございました。
この言葉を聞いたときは、本当に嬉しかったです。
これからも、「ありがとう」を言い続けます!
それではまた!
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